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投稿:2018-01-15(月)04:12

娘である悠花との記録

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東京都/佐々木悠斗さん(30代)からの投稿

・・・

泣き崩れる母親、胸ぐらを掴み、一瞬間意識が飛ぶほどのゲンコツを飛ばす親父…

むせび泣く琴美、激昂する琴美の父

夢見が悪くて目が覚めた。

まだ春先なのに、汗びっしょりだった。

時刻は5時。

シャワーを浴び、早めの朝食の支度をする。

32歳、独身。彼女はいない。

もっとも、結婚するつもりもないが。

金はある。友達は、いない。時間も。

勉強はできた。昔は友達も多い方だった。

愛する人さえいた。

国家公務員に合格し、霞ヶ関で働いていたこともある。

しかし職務に就いてまもなく、興信所にかけられた結果、俺の過去が明るみなり、俺は地方の「重要ではない部署」に飛ばされ、それっきり大きな異動もなくずっとそこで働いている。

でも俺はその境遇に何の不満も文句もなかった。

その境遇は、俺の存在価値に対して妥当だと思われたからだ。

首を吊ろうと縄を結んだこともあったが、持ち家ではないから大家さんが可哀想だし、仕事のキリも悪い。

今俺が死ぬことによって生まれる迷惑で誰かの仕事を増やすのは、死への恐怖以上に心苦しかった。

高校時代、俺は無責任な不純異性交遊で当時の彼女を妊娠させ、その人生をぶち壊した。

示談で済ませたが、一人娘だった彼女は通っていた地元の進学校をやめ、中卒となった。

判明した時にはもう堕ろせない状態だったのだという。

それからすぐ、彼女の母は気を病んで自殺し、父も後を追うように心不全で亡くなったそうだ。

俺も学校で居場所がなくなった。教師にさえ、無視されたこともある。

過ぎ去ったことだ。どうしようもない。

歯を磨き、スーツに着替え、家を出た。

・・・

ある日、弁護士から手紙が届いた。

仕事に関わるものにしても自宅に届くのは異例なことなので、少し妙に思いながら開封した。

全てがなつかしく、そしてあの悪夢を彷彿とさせる、そんな内容の手紙だった。

あの琴美が不慮の事故で亡くなったという報らせだった。

その娘、すなわち俺の娘は他に身寄りがなく、最終的に、弁護士を通して俺の元にこの紙が届いたということらしい。

今は琴美の兄の家で面倒を見てもらっているようだったが、琴美と兄は絶縁関係だったらしく、兄嫁さんが弁護士に相談したのだという。

娘は中◯生ということだった。

もうそんなになるのか。

会ってみたいが、そんなことが許されるのだろうか。

様々な思いが巡ったが、まずは弁護士に連絡してみようと思った。

弁護士は、一度会ってみたらどうだと言った。

俺は一度もその娘に会ったことがなかったし、名前さえ知らなかった。

・・・

仕事帰りで、スーツを着ていた。

弁護士からは18時に時計台の前で、学校の制服を着ているということだけは聞いていた。

親父は畜生で、良心であった母や、祖父母も早くに亡くしているのだ。

きっとやさぐれて、髪の色も明るかったりするのだろう。

いや琴美に似て大人しく、勉強が出来る優しい子なのだろうか。

俺は、時々この世に自分の娘がいるということを忘れて仕事をしていることがあった。

たまにあの悪夢を見て、そのことを思い出す度に人知れずこの世界に許しを請い、真面目に働くことを誓った。

時計台が近づく。

仕事でもこんなに緊張することはない。

今にも逃げ出したいような気持ちに駆られたが、俺にそんな勝手な行動が許されるはずないことを自分に言い聞かせ、理解し、歩みを進めた。

人が多い。どこだ。いないか。

制服の、あれか、あれだ、きっとそうだ。

背が高いな。琴美に似て色白だ。

「君が・・・片桐・・・片桐悠花・・・さん?」

かなしいくらい、あの頃の琴美に似ていた。

忘れもしない2014年4月18日、長い時間と激しい境遇を経て、俺と悠花は時計台の下、邂逅した。

俺は懐かしさとか罪悪感とかで今にも泣き出しそうになっていた。

この子は琴美の手によって、確かに立派に育っていた。

「あ、あなたが……」

「佐々木です。佐々木悠斗。」

初めて見るものや感動した時などに、目を大きくし、瞳を濡らしてにじませるのは、これも母親譲りだった。

「加藤さん(弁護士)から聞いてま……聞いてるんだよね。…お寿司でいい?」

誰かにタメ口を使うことなど何年ぶりだろう。

いや部下には使うか。

「お寿司、大好きです笑」

ああ、そうだ。

俺も琴美も、握り寿司が大好きだったな。

「ここから少し歩くけど、いい?」

「はい笑」

気まずい。

五分間、無言のまま、騒がしい人混みの中を縫って歩いた。

「佐々木さん!毎度ありがと…うございま…」

職場の飲み会にもよく使う顔馴染みの店だったのだが、制服の娘を見て言葉を失っていた。

俺は怪訝な顔をするオヤジを半ば無視して、個室に何食わぬ顔で入ってやった。

「ごめん…おっさんくさい店で…」

各席で宴会模様だったが、個室はかなり静かだった。

「いえ全然…」

目が泳いで肩が上がって、あからさまに緊張していた。

「お飲み物は何にしましょう。」

「ウーロン茶で。」

「わ、私はオレンジジュースで!」

「もうすぐ季節のお造りが来ますので少々お待ちを。」

女将の顔は引きつっているように見えた。

援交かなにかだと思っているのだろうか。

「中学…だよね?」

「はい…この春3年生で…」

気まずい。

すぐ話が途切れる。

料理は先付に始まり季節のお造り、天ぷら、焼き物、一品、煮物…

どれも文句なく美味かったが、話は盛り上がらなかった。

口に合わないか?いや、量が多いのか?

煮物の後、握り寿司の盛り合わせが来た。

「わぁ…いただきます…!」

器用に箸を使ってパクパク食べた。

本当に寿司が好きらしい。

その食べっぷりに、俺も嬉しい気持ちになった。

「あの…!」

その子はトロを口の中に放り込んで嚥下すると、改まった口調になった。

「えっ、はい。」

その口調に押されて、俺も真面目な返事をしてしまった。

「どうか、その、変な言い方ですけど、私を養って欲しいんです…!!」

弁護士によると、この子は、このままだといわゆる施設に行くことになるのだという。

そりゃあ、そんなところ、男ならまだしも、女の子なら嫌だろう。

それでも見知らぬおっさんと二人暮らしというのと天秤にかけたら、どうだろう。

初対面の中年にそんな事を頼むのに、女子中◯生がどれだけの勇気が要るのか、想像に難くない。

俺に断る理由はないし、断る権利はないと思った。

それどころかむしろ、この子を養うために俺は生まれてきたのだなと、俺はようやく生きる意味を見出せたような気さえした。

「もちろん。」

・・・

「おとーさん、行ってきまーす!!」

もともと一人暮らし用のマンションなので、二人で暮らすのに都合が悪いことはままあった。

とりあえず自分の書斎を潰して、悠花の机やベッド、衣装たんすなんかを引越し業者に頼んで搬入してもらった。

俺の本や書類は、本当に必要なものだけを残して、あとは全部二束三文で売り払った。

抵抗や後悔は、全くなかった。

むしろすっきりして、清々したくらいだった。

悠花は、「タメ口で話してもいい?笑」に始まり、「お父さんって呼んでもいい?笑」へと、すぐに新しい環境に適応していった。

俺は、こんなに幸せで良いのだろうかと自問した。

元はと言えば俺の無責任で生まれた子で、こうなったのもこの子に身寄りがなくなったからだ。

俺は、何もしていない。

奪っただけだ。琴美の自由を。琴美の希望を。

それでも、生きていく。

この子のため。それがひいては償いになると信じて。

「主任、何か良いことでもあったんですか?」

「…なに?」

「いやその、この頃みんな噂してますよ、最近主任がヘンだって。」

お調子者キャラの部下が急に話しかけてきた。

おそらく、他の部下にはやし立てられて、代表として俺に聞きにきたのだろう。

「…別に何もないよ。」

「主任は結婚とか、しないんですか?」

「しないな。」

「(返事)早いですね…」

「仕事するぞ。」

「はい…」

俺は、客観的に見ても浮かれているらしかった。

…みんな俺のことを変だと思ってたのか。

・・・

悠花が夏休みの間に越してきてから、俺はできるだけ早く家に帰るようにしていたが、それでも毎日9時は回った。

家政婦でも雇おうかと思ったが、それは悠花が固辞したので、止むを得ず夕飯はお金だけ渡して悠花に任せきりだった。

「お父さん、お酒、飲まないの?」

「えっ」

思いの外仕事がうまく回り、7時代に帰れたので、この日は二人で外食していた。

思い出の時計台の前でまた待ち合わせて、仕事帰りに合流した。

「前は飲んだけど…」

「前?」

「うん。」

「やめたの?」

「仕事の付き合いでは飲むよ。」

悠花の前では控えようと思っていたのだ。

「どうして?」

「お母さん、お家でもたまに飲んでたから…」

琴美も酒を飲んだのか。

「そうなのか。」

「お母さん、お酒飲むと色んな話してくれたから…」

「色んな話?」

「お父さんの話もしてたよ笑」

俺の話か。

当然気にはなったが、琴美のことを思うと、聞かない方が良いかと思ったので聞かずにしておこうと思った。

しかし悠花はお構いなしに話を続けた。

「お母さん、本当にお父さんのことが好きだったみたい。今でも会いたいって、よく…」

胸の奥が熱くなった。

「俺も…俺も琴美に…お母さんに会いたいと何度も思ったよ…でも、家族同士の約束もあったし、何より自分のしたことだったから…」

「私、来月誕生日なの。」

「あ、ああ。12日だっけ。」

「うん。その時は、早く帰ってきて?」

来月のそのあたりは、確か少し仕事が立て込んでいたが、まあなんとかなるかと考えた。

「…約束するよ。」

「お酒も飲んで欲しいな。何もいらないから、お父さんの知ってるお母さんの話、聞きたい。」

・・・

「有給…ですか?」

「はい。…厳しいですか?」

「いえ、可能ですが…」

「何か?」

「何も。確かに、受理しました。」

自ら有給を取るなど、初めてのことだった。

いつもは無理やり消化していたし、有給を取った日も職場に来て仕事をしていた。

「では、来月の第二金曜に…」

「ま、待ってくれ!!」

「主任…?」

「どうしたんですか?」

「い、いや、来月の第二金曜は12日だよな…?」

「そうですが…?」

「俺…その日は都合が悪くて…その、さっき有給を…」

「「「ええ!!??」 」」

一同に驚いていた。

本当に自ら休みを取るなど、初めてだったのだ。

「…本当にすまん。」

「い、いえ…では代替案の第三金曜にしましょう。」

「主任〜、デートっすか?笑」

「いや、家庭の事情というやつだ。すまない。」

「本当かなぁ。」

「…話を戻します。では第三金曜に北区の…」

家族が出来ると、そのしわ寄せのように仕事にも影響が及ぶものなのかと知った。

「今日は塾もお休みにして貰ったの笑」

「ああそうか、塾も。」

「でもびっくりした笑」

「何が?」

「お父さん、本当に今日は早かったんだもん笑」

「いや、今日はお父さんも仕事は有給を取ったんだ。」

「ええっ!じゃあ私も学校休めばよかった…」

「いや学校はちゃんと行かなきゃダメだろう」

「そうだけどー笑」

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